
カルチャーを産み
歴史を育む私たちの街
鵠沼海岸

湘南の避暑地として栄えた鵠沼










1886年(明治19年)に鵠沼海岸海水浴場が開設されました。日本初の大型別荘分譲地「鵠沼海岸別荘地」が、1区画3,000坪で分譲され、かつては庭池を持つ家も多く、クロマツに囲まれる邸宅が並んでいました。サーフィンやビーチバレーの発祥の地として知られ、現在では、その他にも様々なビーチスポーツのフィールドとして有名な場所です。芥川龍之介など日本を代表する文人たちに愛され、数々の文学を生み出した旅館「東屋」も鵠沼海岸にあり、その軌跡を辿る湘南の歴史探訪スポットとしても知られています。
鵠沼海岸では、当時、長さ90㎝ほどの板を使った波乗り遊びが行われていました。本格的なボードが持ち込まれたのは戦後になってからで、鵠沼海岸で米海軍厚木基地のパイロットから指導を受けて腕を上げた少年たちが、1963年にサーフィングクラブ「サーフィング・シャークス」を結成し、その後、1965年には日本サーフィング連盟が発足。2020東京オリンピックでサーフィンが新しい競技として採用され、長さ6フィート(約183㎝)前後で先端がとがったショートボードで行うようになりました
鵠沼海岸は、日本のライフセービング活動の発祥地です。1961年に初めて日本国内でライフセービングが導入され、この地で多くのライフセーバーが訓練を受け活動を開始しました。ライフセービングは、事故の救助活動だけではなく、事故そのものを防止するための活動として、監視から水の安全教育、美化運動など幅広い活動を行っております。また、競泳やサーフィン、トライアスロンなどの、親水スポーツの場でも事故防止や救助のために活動しています。鵠沼海岸商店街では、海街ならではの社会貢献活動に力を注ぐライフセーバーたちを応援し、地域の安全や防災を共に考えて いくアクションを推進して参ります。写真は40年前のもの。当時はライフガードという呼び名でした。

1997年3月に竣工。江の島を目の前に臨む片瀬の西浜にあり、日本におけるビーチバレー発祥の地で、現在もビーチバレーの拠点となっています。逞しい発祥碑はサーフビレッジのシンボル。毎年、夏に大きな大会が開催されていますが、大会ばかりではなく、ビーチバレーを楽しむ若者で通年ビーチは賑わっています。

旅館「東屋」は明治25年頃、伊藤将行、長谷川榮によって創業され、関東大震災にあうも再建され、戦時色の強まる昭和14年に半世紀にわたる歴史を閉じました。明治後期から昭和初期にかけて、多くの文人が来遊した旅館「東屋」は、記念碑の右側を正門として、海岸まで広がる約2万平方メートルの広々とした敷地に、松林と池を配し、本館及び離れが点在していました。相次いで逗留した近代文学の旗手たちは、この宿で思索し、想を練り、執筆し、時には談笑し、それぞれの文学世界を創造しました。志賀直哉、武者小路実篤らが滞在して「白樺」発刊を相談し、これがやがて白樺派を生み出しました。芥川龍之介の短編小説「蜃気楼」は、当時の鵠沼海岸の風景を幻想的に描いています。(逗留した主な文人たち 徳富蘆花、徳田秋声、与謝野鉄幹・晶子、斎藤茂吉、志賀直哉、大杉栄、武者小路実篤、谷崎潤一郎、芥川龍之介、大佛次郎など)
鵠沼写真ギャラリー
懐かしい昔の鵠沼海岸の貴重な写真をデジタル処理でカラー化したギャラリーです)
(藤沢市電子アーカイブ画像を引用)




